一等星
「あんなクソ男と別れて正解だよ」
「だよね、やっぱりそうだよね!」
毒を吐かれ、毒を吐く。そうして自分を肯定する。吐いた分アルコールを入れて、煙草の煙と毒を吐く。そうすると気分がふわっと軽くなって、思い出も少しは忘れられる。
「でも麦ちゃん、あんなに仲良さそうだったのにね。おばさんは悲しいよ」
枝豆の実を割り箸で器用に取り出してつまみ、ビールを煽るのは親友の凛。先日まで彼氏持ち。
凛に習ってビールを一口煽ってから話を続ける。
「おばさんじゃないでしょ、まだ私ら二十歳だよ。仲良さそうはよく言われるけどねー、カップルなんて外から見たら皆そーよ」
「あんたらは余計によ。ストーリーとかいつもすごいじゃん」
インスタグラムのストーリー機能。普段滅多に投稿しないけどデートの時はつい多投してしまう。
「ストーリーなんて楽しい瞬間しか切り取らないもん。それか文字多めの病みツイート、私はしないけど」
「すいませんね、病みがちで」
凛は普段からも投稿するタイプで、いつもなら美味しそうなイタリアンとかオシャなカフェとかが多いけど、彼氏と別れてからは小さい文字びっしりの投稿を連投している。タイミングも良かったし見てられなくて開催されたのが今日の飲み。
「もも、ぼんじり、あとビール二つね」
「え、またアルハラ?訴える?」
「いーじゃんいーじゃん、飲も飲も」
中国人のお姉さんに運ばれてきた焼き鳥と、頼んだ覚えのないビールが目の前に並ぶ。
腹いせに凛の好物のぼんじりをひと串ひったくる。
「まあまあ私の話は良いからさ、麦の話を聞かせてよ」
えー、と嫌な顔をして「思い出したくないしなぁ」「まだ飲み足りないか。次何飲む?」「分かった分かった、話すから話すから」「よし来た」。何そのガッツポーズ。あざといかよ、アルハラ魔人め。
「何から話せばいいんだろ、馴初め…はでも何となく話したもんね」
一年近く前のことだ、懐かしいな。
「どこからでもいいよ、話したいこと話しなさいな。時間は沢山あるんだから」
そう言って腕時計を外してポケットに入れる。凛のこういう気遣いが大好きだ。
「去年の夏前にさ、付き合い始めたじゃん」
専門に入学して直ぐに向こうからのメッセージが会ったこと、翌日に会って話したこと、夜中に河川敷で会って告白したこと、その前からグイグイ来られてたこと、初めてのデートのこと、空振りまくりの三ヶ月のこと、一度別れて復縁したこと、より一層仲が良くなったこと、色んな所にデートに行ったこと、初めての誕生日サプライズのこと、ディズニーに二人で泊まったこと、家族とも仲良くなってくれたこと。お別れしたこと。
「そこまで仲良くて、どうして?」
「どうって、私もよく分からないけど。多分、疲れちゃって」
思い当たる節は無いわけじゃない。その瞬間じゃ感じ取れない小さな事がありすぎて、その分楽しくて見えなくなってた事が沢山あって、それで。
「それで、疲れちゃったのか」
半分残ったビールを飲み干して、頷く。目の前に行儀良く居座っていたビールの泡は欠片も残ってない。私も人魚姫になりたい。
「潮時、ってやつだよね。麦だってやりたいこと沢山あるだろうし、うん」
辛いけどね、辛いよね。そう言って凛もビールを飲み干す。泣かないために酒を飲むんだって。
「辛いけどさ、前に進むしかないって思ってる、言い聞かせてる。凛の話はまだ詳しく聞けてないけどさ、後で別れてよかった、ざまあみろって思えるように人生豊かにするんだ」
「それが間違いないね」
私は私の目標のために頑張るんだ。そうじゃなきゃ私もあいつも報われない。
あいつへの感謝のお返しでもあるんだから。
温かい朝日が瞼を通して私の世界に入ってくる。
見知った天井、もうあの人とは見れない天井。