【読切小説】砂糖に注ぐ珈琲
朝起きて、極稀に珈琲を入れる。「淹れる」ではなく「入れる」。どこかしらのお手頃価格のブランドの珈琲、ペットボトルに眠り日夜冷え続けているそれを、一ヶ月に一度もないくらいの程度で、入れる。
最初は砂糖も入れずに飲むのだが、一口と持たない。私はブラックコーヒーが苦手だ。苦いものが苦手な訳では無い。ゴーヤーチャンプルーも好んで食べるし、カカオうんパーセントのチョコだって食べる。好みはしないが。
一度に大した量は注がないので、一口飲んで半分に満たないくらいになったそれに、氷と牛乳を注ぎ入れる。牛乳が入ってしまえば無糖でも問題ない、美味しく飲める。
普段は朝に弱く昼手前に起きるが、こういう日は別で今はまだ午前七時頃。たまに朝早く起きれて目覚めがいい時の、ほんの少しの贅沢なのだ。
私はこの朝の時間で、一度たりともブラックコーヒーを飲み干したことがない。今までの人生でも一度しかない。
最初の一口にブラックコーヒーを飲むのは、その時のことを思い出すためでもあり、切り離すためでもある。あの時の私とは違うのだと。
今の私はあの頃と比べて変わった。風に吹かれてしまえば飛んでいきそうな、息を吹かれれば消えてしまいそうな私からは幾分かマシになった。胸も二回りほど膨らんで、学生の身であるからアルバイトにはなるが、当時に比べればそれなりに稼ぎは良い。何度か恋人も出来ては別れ、その道中に大人の階段も登った。自暴自棄になり遊び呆けてしまおうと思ったものの、自力で思い留まり軌道修正した。大人ぶったガキにならずに済んだし、(健全な)夜の遊び方も心得た。あの頃ほど甘くはない。
暖色のライトを見上げながら、牛乳と混ざった珈琲を飲み干す。
「もう少し甘い方が美味しいな」