【読切小説】鳥籠
また一人、将来を見せたかった人が巣立った。溜息を着くと私自身もどこかへ飛び立ってしまいそうで、紅茶と一緒に飲み干した。
部屋には弾きかけのシンセサイザー。それと散らかった衣類に誰のものかも分からない頭髪。私が停滞して何も意味をなさない行為に耽っている間に、彼らはまた息を引き取った。
⬛︎
音学校を卒業して早三年、一人暮らしをするには広すぎるこの家はどうしようもない人達の集会場所になっていた。いつか大きい山を当てると言いつつも全く作曲が手についていない私も、その一人だ。
この家には幼少期から住んでいる。家族は住んでいないが、実家だ。弟は大学の学生寮に入ると家を出て、両親は田舎に引っ込んだ。どちらとも一年以上顔を合わせていない。当初の予定では毎月親の口座に入れる約束になっていた家賃も、いつの頃からか入れていない。そんな最中の母親からの電話で居留守を使うか赤い受話器を取るか迷っていたが、生ゴミのうちの一人に「家賃がやばいって話なら俺らも協力するから、出なよ。久々の親からの電話なんでしょ、何か後悔することになったら嫌だなぁ」と後押しされて出る事にした。
「従姉妹のお爺ちゃん、昨日の夜亡くなったって」
年に一回も顔を合わせない程度の間柄の人だが、気さくで陽気な人だったのを覚えている。…思い出はこれといってある訳じゃないが、好印象を持っていた人が亡くなるのは気分の良いものじゃない。
葬式の兼ね合いで近いうちにこの家に戻るらしい、その連絡だった。
もう随分とぬるくなった紅茶を一口飲んでおじさんの事を思い出す。こうして思い出してみれば、いつかの私の曲を聴かせたい相手かもしれなかった。亡くなってから故人としたい、してあげたい事を思いつくなんて人としてどうなのだろうか。私はより一層自分に自信をなくした。
浮かない顔してるよ、という彼におじさんの事を話した。ご愁傷様ですという言葉を貰い、頭を撫でられた。
今日はもう気分じゃないとシンセサイザーの電源を落とす。今世っていう鳥籠から巣立ったんだよ、おじさんにはこれからもっと広い世界でもっと楽しいことが待ってるよ。そういう彼の言葉にはちっとも心が揺られなかった。頭を撫でる彼の手がゆっくりと首へ、その下へと下っていく。
私にとってはこの家が鳥籠だ。この中に居れば何不自由なく暮らしていけるが、反対にこの鳥籠にいる限り私は何も成せない、そんな気がした。